農商工連携で「日本酒テロワール」を目指す「幻の酒」プロジェクト【コラム143】
私が代表を務めるNSGグループが支援する企業の一つに株式会社幻の酒という会社があります。㈱幻の酒は、新潟の日本酒専門店で、新潟の酒のおいしさを全国に伝えたいという思いで、新潟の地酒に特化したインターネット販売を行っています。
㈱幻の酒では、新潟の農家と酒蔵の協力を得て、新潟の地域性を生かした酒造りを行うプロジェクトを行い、その第一弾「大吟醸酒幻の酒」の出荷がはじまりました。
このプロジェクトには3つの特色があります。1つ目は、「幻の酒」の原料米を栽培している場所は、機械の入れない山地の棚田であるというところです。棚田はあまり人が分け入らない高地にあり、人の生活用水が入りません。純粋な雪解け水のみで栽培できる貴重な場所です。一方で平地の水田に比べ労力は2倍、生産量は2分の1と言われ、担い手が減少しています。このプロジェクトでは、耕作放棄地を蘇らせ、清らかな川や美しい棚田を守っていくことに取り組んでいます。
代表取締役の松本伸一さんは趣味の渓流釣りに行く際に、美しい棚田の風景が耕作放棄地に変わっていく様子を目にして、崩れ行くふるさとの宝を何とかしたいという思いを抱くようになりました。以降松本さんは、新潟の棚田で育てた米で酒を造るプロジェクトに取り組むようになりました。
2つ目は、最高の食用米「クラシックコシヒカリ」を使用したことです。プロジェクトでは、コシヒカリの中でも1%未満しか生産されていない品種を使っています。近年新潟県産のコシヒカリの99%以上は米の病気に強い「コシヒカリBL」という品種に代わりました。従来品種はBLのように生産性は高くないけれど、甘みや粘りが特徴と言われています。
一般的に食用米は粒が小さすぎることと、麹菌が米内部に均一に食い込みづらいため、酒造りには食用米は適さないとされています。大吟醸を造るためには米を50%以下まで削る必用があります。特に棚田で作ったクラシックコシヒカリは気温の寒暖差や冷たい水で引き締まるため、粒が小さく破砕してしまいます。プロジェクトを始めた当初の技術では、精米が難しい状況でした。しかし、松本さんは「心からうまいと感じる米ならば、うまい酒ができるはず」という信念を持ち辛抱強く待ち続けた結果、技術の進歩により精米が可能となり、クラシックコシヒカリを使った酒造りの道が開かれました。
3つ目は、新潟県内3地域の日本酒テロワールに取り組んだことです。ワインの世界では、ワインに現れる地域の気候や地勢、土壌の個性をテロワールと言い、地域内で素材と造りを完結させ、地域の個性を最大限に引き出すという考え方がなされています。日本酒ではこうした考え方はあまり盛んではありません。
新潟県は南北に長く、地域ごとに気候や食文化も違います。このプロジェクトでは新潟県内3つの地域の個性を酒造りに生かそうと、3つの地域の棚田で同じ品種の米を作り、その棚田と同じ川の水を汲み、その川の下流の酒蔵で醸造していただきました。精米や発酵に神経を使い、非常に手間のかかる酒造りですが、思いを共有して金升酒造様(新発田市)、柏露酒造様(長岡市)に協力していただき、当グループの今代司酒造(新潟市)も参加し、3つの地域の個性を持った酒が完成しました。
この「幻の酒」はクラウドファンディングでプロジェクトの支援者を募り、そのリターンの品として限定販売されました。このプロジェクトはわずか6日間で目標金額に届いたそうです。地域の個性を引き出した日本酒「テロワール」や環境保全に取り組む企業姿勢、最高においしい酒を造りたいという信念で困難を乗り越えた商品の背後にあるストーリーが、顧客の心の琴線に触れ、反響につながったのではないかと思います。
また、地域の農工商が連携して新たな付加価値を生み出した事例としても考えることができるのではないでしょうか。幻の酒のプロジェクトはまだはじまったばかりです。今後も地域と連携し、地域全体で付加価値を最大化させるプロジェクトとして発展していくことを期待しています。 〆