【コラム第66回】 ニーチェ考

  今年は「超訳ニーチェの言葉」がベストセラーになったのをはじめ、関連の書籍の出版が目立ち、ドイツが生んだ偉大な哲学者ニーチェにスポットが集まった年でした。
  ニーチェには私も若き日に大きな影響を受けました。

  ニーチェは牧師の子として生まれました。堅苦しいプロテスタントの雰囲気に反発したこともあってか無神論的立場をとり、伝統的キリスト教的価値観とは異なる新しい世界観を示しキリスト教から攻撃を受けました。
  しかしその思想は、ハイデッガーら20世紀を代表する哲学者たちに大きな影響を与えます。

  牧師の子として生まれたニーチェは、宗教とは何か、「神とは何ぞや」をつきつめて考えた人です。神主の家に生まれた私がニーチェに強い関心をいだいたのも、自然なことだったと思います。
  青春期に入った私は、神社を継がなければならない立場と、他の生き方はないのかという思いとが交錯する中、宗教をはじめとする様々な本を読みふけっていました。
  そんな中で出会ったのがニーチェでした。牧師の子として生まれたものの、キリスト教的な考え方や道徳といったものに強い反発心を持ったのがニーチェでした。
  誰よりも深く神や人生について考えたニーチェは、最後には狂気の中で亡くなってしまいます。
  ニーチェの著書の中で使われている言葉「これが人生か、さればもう一度」。この言葉は、まさに人生の荒海の中に乗り出そうとしていた当時の私にとって、とてもポジティブに響きました。
  これほど神のことを考え人生について悩み苦しんだニーチェが、それでもなお「これが人生か、さればもう一度」と言っているわけです。
  この言葉が、人生とは前向きに生きていくに値するものだと教えてくれたように感じました。そして間もなく神主の家を継ぐことを決め、父にその気持ちを伝えました。
  青春時代にニーチェに出会えたことは、とても大きな出来事でした。

  確かに日本は、経済的にはある程度の成功を収めました。しかし経済面でも中国や韓国の追い上げを受けて自信を喪失しつつあります。さらに国内に目を向ければ、人間を信じられなくなるような凶悪な出来事も頻発しています。
  こんな中で再びニーチェが大きな注目を集めているのは、日本の進むべき道が不透明になり、日本人に幸福感がなくなってきているからではないでしょうか。
  ニーチェの考え方には「毒」と表現する人もあるくらい、常識とはかけ離れた部分があります。そんな考え方は、閉塞感が蔓延して風穴を開けることが求められている時代に大きく注目されてきました。
  今の日本がまさにそんな状況だと思います。多くの人が「生きる」ことを改めて考える時代になったからこそ、改めて「ニーチェ」がクローズアップされていると言えるのではないでしょうか。

池田 弘