閉塞感漂うコロナ禍だからこそ明和義人の精神を【コラム197】

毎年8月下旬に、涌井藤四郎と岩船屋佐次兵衛という新潟の義人を中心に起こった明和騒動やその義人の活躍を伝承するためのお祭りとして「明和義人祭」が行われています。このお祭りは古町通の商店街の皆さんが参加する明和義人祭実行委員会が運営し、2019年には古町通1番町から6番町までを会場に賑やかに行われていました。

以前このコラムでご紹介したことがありますが、この「明和義人祭」は、今をさかのぼること250年、十代将軍家治の治世に起きた歴史上の出来事「明和騒動」にちなんだお祭りです。当時長岡藩の支配下にあった新潟湊で、冷害などの不況に重ねて長岡藩の圧政に耐えかねて立ち上がった町民たちが、2ヶ月に及び自らの手で町政を行ったという市民運動です。その当時、町人が藩や奉行所に物申すことなどできなかった時代であろうと思いますが、力で解決せず、対話によって2か月弱にも及ぶ住民自治を長岡藩から勝ち取りました。その中心的な役割を果たしたのが涌井藤四郎と岩船屋佐次兵衛です。最終的に二人は打ち首にされてしまいますが、「明和義人」として彼らの精神や行動は古町芸妓の口伝により密かに伝えられてきました。そして明治に入り「明和義人」は、私が宮司を務める古町愛宕神社の境内社「口之神社」に祀られるようになりました。
パリ・コミューンより遡ること100年前という時代に、新潟で勇気を持って行動し、自らの手で未来を切り開いた明和義人の物語を現代に伝えていこうと、2008年より明和義人祭が始まりました。お祭りは商店街を歩行者天国にして、子ども遊びや飲食屋台、古町芸妓の舞、明和義人行列、蜑(あま)の手振り(奉納盆踊り)など一般の方々も楽しめる様々な行事が開催され、例年2万人に及ぶ人出がありました。
しかし、他の地域のお祭り行事も同様と思いますが、新型コロナウイルスの感染が広まった昨年から、規模を縮小せざるを得ない状況が続いています。参加者や関係者の健康・安全を考慮すると致し方ないことでありますが、Withコロナの時代においても明和義人の歴史を語り継いでいこうと、明和義人祭実行委員会によりいくつかの企画が実行されました。

まず一つ目は、新潟市中央区の小学校、中学校27校に「明和義人」に纏わる書籍を寄贈いたしました。中学生向けには、NHK大河ドラマ「天地人」の作者としても知られる新潟市出身の作家火坂雅史(1956年-2015年)さんの小説「新潟樽きぬた~明和義人口伝」を1300冊寄贈し、小学生向けには、その小説を原作とし、日本アニメ・マンガ専門学校の卒業生でマンガ家のアサミネ鈴さんが作画した漫画「明和義人」を1400冊寄贈しております。
また、この明和義人の物語は、新潟市が政令市になった2007年に、政令市誕生を祝う記念事業としてミュージカルにもなっています。企画の公募に市民の方から「明和義人」のミュージカル上演が提案され、火坂雅史さんの小説を原作に上演されました。そのミュージカルは、当時TV番組としても放送されていましたが、今年8月末にその内容を一部編集した番組をBSN新潟放送で再放送いたしました。
他にも、リアルで大勢の人が集まる事を避けながらも明和義人の物語を広く知ってもらうために、明和義人祭のホームページのリニューアルやYouTubeチャンネルの開設、Twitterアカウントの立ち上げを行うなど、情報発信の強化にも取り組んでいます。
実施方法を工夫しながら継続しているお祭りのプログラムもあります。新潟県内のお菓子メーカー様にご協賛いただき、福のおすそ分けとして参加者にお菓子をまいて振る舞う「明和神菓まき」を毎年行っておりました。お菓子の数は3万個にも及び、日本最大級の規模とも言われ、子供だけに限らず大人も大勢参加する恒例の人気のプログラムでしたが、今年は密にならないよう考慮し、引換券を事前配布する「神菓配り」という形式で行いました。また、こども食堂を利用する子供達にもお菓子を配りたいと、関係機関と調整しています。

このコロナ禍において、社会全体に閉塞感を感じている人も多くいらっしゃるのではないでしょうか。250年前の明和時代の新潟も冷害、不況、重税などにより、おそらく同じように閉塞感があったのではないかと思います。しかし、涌井藤四郎と岩船屋佐次兵衛という二人の義人を中心に地域がまとまり、自らの手で未来を切り開きました。今このような時代だからこそ、自主自立の精神とエネルギーに満ちた物語を多く方に知ってもらい、希望に満ちた未来を思い描き、行動を起こす活力としていただければ幸いです。これからも、様々な形で明和義人の物語の伝承に取り組んでまいりたいと思います。        〆