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地域の歴史や文化を語り継ぐ ~明和義人祭~

2017.09.04 Mon

NSGグループ本部のある新潟市中央区の上古町商店街では、毎年8月24日に「明和義人祭」が開かれています。明和義人祭は、18世紀半ばの江戸時代に、長岡藩に代わり町人による自治を実現した涌井藤四郎と岩船屋佐次兵衛の二人の義人を顕彰するお祭りです。

 

町人自治をリードした藤四郎と佐次兵衛の二人は、お上に背いた罪人として処刑されてしまいますが、この二人の活躍は新潟が誇るべき歴史として古町芸妓の口伝で語り伝えられました。そして、二人は「明和義人」として崇められ、明治時代に入ってから古町愛宕神社境内社、口之神社に祀られています。
この出来事の精神を見つめ直し、義人を慰霊する主旨で2008年から始まった明和義人祭は、上古町の夏の恒例行事になっています。NSGグループもこの祭りの実行委員会に加わり、運営に積極的に関わっています。

涌井藤四郎、岩船屋佐次兵衛を祀る口之神社

 

祭りは地域愛 郷土愛を育む

お祭りは地域の誇るべき歴史を語り継ぎ、地域の一体感や連帯感を感じさせてくれます。そして、祭りを通して多くの世代が交流し、地域の結びつきを強くする「地域愛」や「郷土愛」が醸成されます。

特にこの明和義人祭は、地域の文化や歴史を語り継ぐお祭りです。自分たちが生まれた町、暮らした町はどのような地域だったのかを知ることが、地域に誇りを持ち、地域愛や郷土愛を育むことに繋がります。明和義人祭には、歴史や文化を受け継ぐ若者や子供が多く参加することが必要です。明和義人祭には、そうした若者や子供が楽しんで参加できる行事がたくさんあります。

 

多くの子どもたちが参加

今年の明和義人祭は、午前から昼にかけて時折雨が降り、一部のイベントが中止となってしまいましたが、テント内で行われたヨーヨー釣りなど、子ども遊びのコーナーでは子どもたちが楽しんでいました。

古町神明宮の拝殿では、白山小学校の児童による万代太鼓の演奏が行われました。日頃の練習の成果を披露し、ご父兄や観衆から拍手喝采を浴びました。

白山小学校の児童による万代太鼓

 

子どもが一番楽しみにしているのが、明和神菓まきです。福のおすそ分けとしてお菓子が会場5か所で一斉に撒かれます。このとき撒かれるお菓子の数は約30000個で日本最大級とも言われています。

袋を手にお菓子を集める子どもたち

 

 

江戸の情緒を再現する明和義人祭

明和義人行列は、義人役の二人や芸妓を中心に旦那衆やお稚児さんなど、江戸時代の当時を彷彿とさせる衣装で会場を練り歩きます。

明和義人祭の主役である涌井藤四郎役と岩船屋佐次兵衛役の2人は、毎年一般公募で選ばれます。今年は、涌井藤四郎役に株式会社サイト社長の能登剛史さん、岩船屋佐次兵衛役にサッポロビール株式会社新潟統括支社長の浪間進さんが扮しました。

能登さんのコメント
「偉人たちをもう一度思い出し、新潟を盛り上げていくきっかけになるお祭りに参加するのだと改めて感じています」

涌井藤四郎役の株式会社サイト社長 能登剛史さん

 

浪間さんのコメント
「新潟には歴史を語れるお祭りはなかなかないので、一緒に行列に参加させて頂き、貢献させて頂くことに価値を感じています」

 

岩船屋佐次兵衛役のサッポロビール株式会社新潟統括支社長 浪間 進さん

 

このように話して下さったお二人は、行列に参加し、江戸時代に戻ったような雰囲気で観衆を魅了しました。

 

江戸の情緒が感じられる明和義人行列

 

踊りに若い力が結集

明和義人祭の最後を締めくくるのは、「蜑の手振り」です。今年は24団体、1300人近くが参加して盛大に踊りました。蜑の手振りとは、初代新潟奉行・川村修就が、新潟の風俗を描かせた絵巻物のことです。その絵巻物に民衆が躍る姿が描かれており、それに倣って明和義人祭では、「蜑の手振り」と銘打って、祭りの最後に多くの参加者が盛大に踊ります。

踊りは基本的に自由で、各団体ごとに様々な踊りを見せてくれます。かつて新潟で民衆が踊りを楽しんだように、この日は若者たちが明和義人祭で踊りを楽しんでいました。

かつての民衆の踊りを彷彿とさせる「蜑の手振り」

 

 

 

 

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